三十七の菩薩の実践

以下の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】
『ダライ・ラマ 生き方の探求』
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著 /春秋社 

 

画像については、書籍の内容を参考に作成したものです。
それ以外の追加情報については、参照元を個別に記載します。

 



 

●三十七の菩薩の実践とは?

 

『三十七の菩薩の実践』は、

単なる修行者としてだけでなく学僧としても名を馳せた、

ギャルセー・トクメー・サンポ作の代表作です。

 


1.

大きな船のような有暇具足(うかぐそく)をそなえた

有意義で得がたい生を享けた今生で

自他ともに輪廻の海から救われるために

昼夜を問わずに聞・思・修(もん・し・しゅう)すること

それが菩薩の実践である

 

2.

身内に対しては愛情を水のように注ぎ

敵に対しては憎しみを炎のように燃やす

善悪の見境がつかない愚かさは真っ暗な闇

故郷を捨てること、それが菩薩の実践である

 

3.

悪い故郷を捨て去れば煩悩はしだいに消え去っていく

怠けず励む者の功徳はおのずと増えていく

知性が澄めば教えに信が生ずる

「静謐(せいひつ)な場所」に安らぐ心、それが菩薩の実践である

 

4.

長い間親しくしている友と別れ

努力して得た財産を後に残し

「肉体」という宿を「心」という客が去っていく

今生を捨てること、それが菩薩の実践である

 

5.

交われば三毒(貪・瞋・癡(とん・じん・ち))が増大し、

聞・思・修(もん・し・しゅう)の行が疎かになり

慈悲がなくなりはじめる

そのような悪い友を捨てること、それが菩薩の実践である

 

6.

【その人に】従えば欠点がなくなって

功徳が上弦の月のように満ちてくる

そのような善友(ラマ)を自分自身の身体よりも大切にする

それが菩薩の実践である

 

7.

自らも輪廻の牢獄に囚われている

世俗の神にいったい誰を救うことができるのか

それゆえ、救いを求めても欺くことのない

三宝(仏・法・僧)に帰依をする

それが菩薩の実践である

 

8.

「極めて耐えがたい悪趣の苦しみは罪業の結果である」

と釈迦は説かれた

そのため命を落とそうとも罪業をおこなわない

それが菩薩の実践である

 

9.

三界(欲界・色界・無色界)の幸せは草葉の露のごとく

瞬時に消え去るものである

いかなるときも変わらずに解脱の最高の境地を目標とする

それが菩薩の実践である

 

10.

無始以来より私を愛してくれた母たちが、

苦しみもがいているならば、自身の幸せなど何になろうか

それゆえ、限りなき衆生を救うために菩提心を生起させる

それが菩提の実践である

 

11.

あらゆる苦しみは自らの幸せを追い求めることより生じ

悟りは他者のためを思うことより生ずる

それゆえ、自己の幸せと他者の苦しみをまさしく交換する

これが菩薩の実践である

 

12.

何者かが大きな欲望で私の財産を

すべて奪おうとして盗みに入ったとしても

身体と財産と三世の善の集積のすべてを差し出す

それが菩薩の実践である

 

13.

自らの過ちが認められないにもかかわらず

何者かが私を斬首刑に陥れたとしても

いたわりの心でその罪を自ら被る

それが菩薩の実践である

 

14.

ある者が私に対してさまざまな非難中傷を

三千大千世界に遍くふれ回ったとしても

慈しみの心で繰り返しその者の功徳を賞賛する

それが菩薩の実践である

 

15.

大勢の者が集まるなかである者が

私の過失を掘り起こし罵声を浴びせかけても

その者を善友(ラマ)と思って敬意を払う

それが菩薩の実践である

 

16.

わが子のように大切に育てた者が

私を敵のように見なしたとしても

病気のわが子に接する母のようによりいっそうの愛情を注ぐ

それが菩薩の実践である

 

17.

私と同じくらいか、それより劣る者が

慢心を起こして私を軽視したとしても

師(ラマ)のように尊敬し自らの頭頂に戴く

それが菩薩の実践である

 

18.

生活に困窮し、常に人より軽蔑され

ひどい病苦や悪霊に憑かれても

それでも一切衆生の罪業と苦しみを受けて疲れることをしらない

それが菩薩の実践である

 

19.

賞賛され、大勢の者が頭を垂れ、

毘沙門天の財宝と同じものを手にしても

世間の豊かさには本質がないと見て驕らない

それが菩薩の実践である

 

20.

自身の中にある怒りという敵を調伏しないなら

外の敵を倒しても憎しみはますます増大するばかり

それゆえ、慈悲という軍隊で自身の心を征服する

それが菩薩の実践である

 

21.

欲望の特性というのは塩水を飲めば飲むほど乾くのと似て

どんなに満足してもさらに貪りたくなる

欲望が起きた対象はいかなるものでもすぐに捨てる

それが菩薩の実践である

 

22.

いかなる現象もそれは自身の心であり

心の本性は本来戯論(けろん)より離れている

そのように理解して主客の諸相に気をとられてしまわない

それが菩薩の実践である

 

23.

意識がとらえる喜びの対象は

夏の盛りの虹の色彩のごとくに

美しい現象であっても実体のないものとして執着を捨てる

それが菩薩の実践である

 

24.

さまざまな苦しみは、夢の中での息子の死のごとく

錯誤を実体あるものととらえることより生じた疲れ

それゆえ、たとえ逆境に遭遇したとしても錯誤と見なす

それが菩薩の実践である

 

25.

悟りを得るために、この身さえ犠牲にする必要があるのなら

外界のものなどなおさらに

見返りや成果を期待せず布施を行ずる

それが菩薩の実践である

 

26.

戒律を守らずして自利の完成はない

それでいて利他を成し遂げる願いをもっても笑われる

それゆえ、世俗の欲を放棄して戒律を遵守する

それが菩薩の実践である

 

27.

善という財を求める諸菩薩を

傷つけてしまう者もまた、尊い宝も同然である

それゆえ、あらゆる者に恨みをもたず忍耐を修習(しゅうじゅう)する

それが菩薩の実践である

 

28.

自利のみ得ようとする声聞、独覚も

頭に移った火を消そうとするように努力するのを見るならば

すべて衆生のためになる功徳の源泉となる精進に励む

それが菩薩の実践である

 

29.

「止」を伴ったすぐれた「観」が

煩悩を克服するのをよく知って

四無色定(しむしきじょう)を超越した禅定(ぜんじょう)を修習する

それが菩薩の実践である

 

30.

智慧のない五つの波羅蜜(はらみつ)だけならば

完全なる悟りを得ることはできない

それゆえ、波羅蜜行を伴った三輪(さんりん)無分別智を修習する

それが菩薩の実践である

 

31.

自らの錯誤を自らが正さないなら

行者が非法をおこなうことになりかねない

それゆえ、常日頃より過ちを見抜いて捨てる

それが菩薩の実践である

 

32.

煩悩にかられて菩薩の方々の

過失を非難するならば、結局自らを衰退させるだけ

それゆえ、大乗者の過失をいっさい口にしない

それが菩薩の実践である

 

33.

富と名声にかられ争いとなり

聞・思・修の行が疎かになる

それゆえ、親友やご支援くださる人々に対しての甘えを捨てること

それが菩薩の実践である

 

34.

汚い言葉が他者を動揺させ

菩薩行の在り方を弱めることになる

それゆえ、他者の心を害するような汚い言葉を捨てること

それが菩薩の実践である

 

35.

煩悩に慣れれば制することが難しくなる

念(記憶)と正知という対治の刃を手に取り

欲望などの煩悩が起こるやいなや刈り取ってしまう

それが菩薩の実践である

 

36.

要約するなら、

どこでもどんなときも何をしようとも

自らの心の在りようがどんな状態であっても

常に念(記憶)と正知を利用して利他を成し遂げようとする

それが菩薩の実践である

 

37.

以上のように精進(努力)して、成し遂げられた諸善を

限りなき衆生の苦しみを取り除くため

三輪無分別智により、

悟りを得るために廻向すること

それが菩薩の実践である

 


※貪・瞋・癡(とん・じん・ち)

三毒(さんどく)とは、仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち貪・瞋・癡(とん・じん・ち)を指し、煩悩を毒に例えたものである。

●貪(とん):むさぼり(必要以上に)求める心。

●瞋(しん):怒りの心。

●癡(痴・ち):愚癡(ぐち)ともいう。真理に対する無知の心。

【参照:ウィキペデイア】

 

※三界(欲界・色界・無色界)

三界(さんがい)は、欲界・色界・無色界の三つの総称。三有ともいう。凡夫が生死を繰り返しながら輪廻する世界を3つに分けたもの。なお、仏陀はこの三界での輪廻から解脱している。

●欲界:淫欲と食欲の2つの欲望にとらわれた有情の住む処。六欲天から人間界を含み、無間地獄までの世界をいう。
●色界:欲界の2つの欲望は超越したが、物質的条件(色)にとらわれた有情が住む処。この色界は禅定の段階によって、4つ(四禅天)に分けられ、またそれを細かく18天に分ける。
●無色界:欲望も物質的条件も超越し、ただ精神作用にのみ住む世界であり、禅定に住している世界。

【参照:ウィキペデイア】 

 

※声聞 (しょうもん)

声聞 (しょうもん)は、仏教において「教えを聴聞する者」の意で、初期経典では出家・在家ともに用いられる。後になると出家の修行僧だけを意味した。

大乗仏教の立場からは、声聞は、主に四諦を修習し、自己の解脱のみを得ることに専念し、利他の行を欠いた、阿羅漢を目指す修行者であるとして、小乗と貶称される。

【参照:ウィキペデイア】

 

※独覚

独覚は、仲間をつくって修行する部行独覚と、麒麟の一角の如く独りで道を得る麟角喩独覚とに分ける。大乗仏教ではこの立場を自己中心的なものと考え、声聞とともに二乗と呼んで下に見る。特に天台宗では、仏の世で十二因縁を観じて覚ったものを「縁覚」、無仏の世で飛花落葉などの外縁を観じて覚ったものを「独覚」と区分している。

【参照:ウィキペデイア】

 

※四無色定(しむしきじょう)

三昧(さんまい)とは、仏教における禅、ヒンドゥー教における瞑想において、精神集中が深まりきった状態のこと。仏教の阿含経典では、この三昧に至る過程には、まず初禅から第四禅までの4段階があるとする。続いて空無辺処・識無辺処・無所有処・非想非非想処の4段階があるとする。前の4つを「四静慮(四禅)」、後の4つを「四無色定」としている。さらに深まった状態として「心のあらゆる動きが全く止滅した状態(滅尽定)」があるとしており、以上9の段階を「九次第定」と数えている。

【参照:ウィキペデイア】

 

※波羅蜜(はらみつ)

波羅蜜(はらみつ )、玄奘以降の新訳では波羅蜜多(はらみた)は、仏教における菩薩の基本的な実践徳目である。

『般若経』では般若波羅蜜(般若波羅蜜多)ほか全6種(六波羅蜜)を、あるいは『華厳経』などではこれに4種を加え10種(十波羅蜜)を数える。『摩訶般若波羅蜜経』は九十一波羅蜜を列挙するが、全体としての徳目は六波羅蜜である。

【参照:ウィキペデイア】

 

※六波羅蜜(ろくはらみつ)

六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、ブッダを目指す菩薩が修めなくてはならない、6つの実践徳目のこと。「六度(ろくど)」とも呼ばれる。菩薩は、この六つの波羅蜜行の徳を蓄積して、遠い未来の生において一切智の正等覚者として無師独悟する。

1.布施波羅蜜 - 分け与えること。具体的には、財施(喜捨を行なう)・無畏施・法施(仏法について教える)など。

2.持戒波羅蜜 - 戒律を守ること。在家の場合は五戒(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ることを指す。
3.忍辱波羅蜜 - 耐え忍ぶこと。あるいは怒りを捨てること(慈悲)。
4.精進波羅蜜 - 努力すること。
5.禅定波羅蜜 - 特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。

6.智慧波羅蜜 - 物事(主に四念処)をありのままに観察する「観」によって、思考に依らない、本源的な智慧を発現させること。
龍樹は『宝行王正論』においてこの6項目を

布施・持戒 -「利他」
忍辱・精進 -「自利」
禅定・智慧 -「解脱」
というカテゴリーに分けて解説している。 龍樹によれば、釈迦の教えとは要約すれば「自利・利他・解脱」の三つに尽きるため、阿含経に根拠を持たない大乗独自の「六波羅蜜」も仏説であるという。

【参照:ウィキペデイア】

 

※三輪無分別智

「ものごとに自性がないことを理解している智慧」のこと。

【参照:『ダライ・ラマ 生き方の探求』】

 


●三十七の菩薩の実践とは?
『三十七の菩薩の実践』は、
単なる修行者としてだけでなく学僧としても名を馳せた、
ギャルセー・トクメー・サンポ作の代表作です。

 


以下の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】
『ダライ・ラマ 生き方の探求』
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著 /春秋社 

 

画像については、書籍の内容を参考に作成したものです。
それ以外の追加情報については、参照元を個別に記載します。

 



【inner-wish】のコメント

 

この『三十七の菩薩の実践』、10年以上も前に読んだ時から今まで、ずっと心の中の光として、印象に残っているものです。

 

この実践はとても難しくて、10年たった今でも理解できないことばかりですが、一方で少し理解できたとか、これは少し実践できるようになったとか、感じられることも、わずかながらあります。

 

「必要な学びは準備ができた時に与えられる」と信じておりますので、いつか実感を伴って理解できるものと大切にしております。

 

遠い光の道しるべではありますが、いつも心の中の灯火として灯しておきたい内容として、掲載させていただきました。

 


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