慈悲を修してはならぬ場合

思いやりを育てる

 

思いやりを育てる方法について『思いやりのある生活』ダライ・ラマ十四世/著より引用しています。

 


以下の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】

『思いやりのある生活』

ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャムツォ/著

沼尻由起子/訳

光文社知恵の森文庫

 

画像については、無料素材を合成して作成したものです。

見出しの一部は内容に合わせて作成しました。

それ以外の追加情報については参照元を個別に記載します。



◆思いやりと愛情

 

私が定義してみれば、思いやりや愛情とは、希望、勇気、決心、精神的強さなど、人生で必須のものを生み出す肯定的な感情ということができます。

 

さらに、仏教にのっとれば、思いやりと愛情は次のように区別することができます。

 

まず、思いやりとは他者が苦しみから解放されるよう願う気持ちです。

そして、愛情とは他者が幸せを掴むよう望む気持ちです。

 

それでは、思いやりや愛情を高めることは可能でしょうか。いいかえれば、思いやりなどの精神的特質が増え、怒りや憎悪や嫉妬が減る手段は存在するのでしょうか。

 


◆心のあり方は変化させられる

 

私の乏しい経験から申し上げても、人はたゆまぬ鍛錬によって本当に心を成長させることができます。肯定的な態度や展望は高められ、否定的な態度や思考や展望は軽減されるのです。

 

変る必要があると正しく認識すれば、心は変化するのです。しかし、願ったり祈ったりするだけでは心は変りません。結局、あなた自身の経験に根ざした動機や理由が必要です。

 

また、一夜にして心を変えることもできません。古くからの習慣とか、とくに気質はすぐに解決しようとすると抵抗します。信念をもって時間をかけて努力すれば、心的態度(心構え)を大きく様変わりさせることができます。

 

変化するにあたって認めなければならない点は、この世に生きている限り、自分の目標の達成を阻む物事に出会うことです。そのような目にあうと、私たちは希望を失って落胆し、困難に立ち向かう能力を減少させてしまいます。

 

他方、自分だけでなく誰もが苦難に堪え忍んでいるのだと気づけば、このことが問題を克服する人間の能力を増やし、決意を強くするのです。他者の苦しみを思い出し、他者への思いやりを感じとることで、自らの苦しみは扱いやすくなります。

 

こうして、他者の苦しみを思う真の憐れみと、他者を助けて苦痛を取り除こうとする意志の双方を発達させることができるのです。その結果、自分自身は落ちついて精神的強さが増してきます。

 


◆思いやりを育む方法

 

他者への愛情や好意を妨げるものに自分を第一に考える自己中心があります。人はみなある程度、自己中心に苦しめられています。しかし、真の幸福を実現するためには平常心を保たなければなりません。このような心の平安を唯一、もたらすことができるもの、それが思いやりのある心構えです。

 

思いやりを育むには、猛烈に努力しなければならず、毎日の生活のあらゆる出来事を、自分の考えや振る舞いを一変させるのに利用しなければなりません。

 

自分の要求や愛着が入り込んでいない思いやりというものは、実は存在します。ここで、思いやりと愛着の違いを明らかにしてみましょう。愛着と違って、本物の思いやりは、たんなる感情的応答ではありません。まことの思いやりとは、根拠のある堅固な係わり合いです。

 

このしっかりした土台があるからこそ、他者に対する思いやりのある心構えは、たとえ相手が否定的に振るまっても変化することは全くありません。正真正銘の思いやりとは、自分自身の主観や期待に基づいているのではなく、むしろ他者のニーズに基づいています。

 

仏教の修行者にとっての目標は、他者を含めて生きとし生けるものすべての安寧を思うという本物の思いやり、この純然たる願望を育むことにあります。当然、この種の思いやりを育むのは楽なことではありません!

 


◆初めの一歩

 

まず、思いやりの最大の障害である怒りと憎悪を取り除くことから始めましょう。

 

怒りは、破壊的で不幸な結果を招く振る舞いを次から次へと引き起こすのです。しかも、怒りが極度に増大すれば、その人は正常な心を保てなくなり、他人だけでなく自分自身も傷つけようとします。

 

ただし、怒りと同様に荒々しくても、困難な状況に対処するのに役立つ、怒りよりも制御しやすいエネルギーを育めるものがあります。このコントロールされたエネルギーを生み出すのが、思いやりのある心持ち、思慮、忍耐です。これらは怒りに最も効く解毒剤です。

 

残念ながら、ほとんどの人は思慮や忍耐を気が弱いしるしと誤解しています。ところが、事実は全くの逆であり、忍耐などは精神的な強さのまぎれもない表れなのです。

 

思いやりとは本来、穏やかで慈悲深いものですが、同時に非常に力強いものでもあります。思いやりは内面的な強さを授け、人を忍耐強くします。すぐに我慢しきれなくなる人とは、とりもなおさず自信がなく情緒不安定な人たちです。怒りの高まりは、私には弱さを露呈しているしるしに思えます。

 

問題が生じたときには、謙虚なままでいて誠実な態度を維持し、結果が公正なものになるような努力をすることです。

 

相手は、あなたの公明正大を求める気持ちにつけ込んできて、不当にも攻撃しようとするでしょう。あなたの超然とした態度が相手の攻撃をそそるだけであれば、きっぱりした態度を取ってください。その際も、思いやりを忘れてはなりません。必要なときには怒りや悪意を持たずに自分の意見を述べ、対策を講じるのです。

 

心得ておくべき点は、敵対する者があなたに害を及ぼしそうだと思われるときでさえ、結局はその人の破壊的行動は自分にダメージを与えるにすぎないということです。

 

そこで、仕返しをしたいという利己的な衝動を抑えるには、思いやりを実践したいと願った気持ちを思い出し、相手が自分の行為から受けるはめになる苦しみを考えることです。仕返しをするのではなく、相手の当然の報いを阻止するのです。こうして冷静に選択した手だては、効果的であり、的確であり、いっそう力強い。怒りのエネルギーにまかせて報復しても、目標を達成することはめったにありません。

 


◆内なる敵に打ち勝つ

 

思いやりを育むチャンスを与えてくれるのは、自分の敵です。しかし、真の敵というものは、じつは外部には存在していません。怒りと憎悪が、私たちの真の敵なのです。

 

立ち向かって打ち負かす必要がある強い力とは、生涯を通じて一時的に現れる「競争相手」ではなく、心の中で生まれる怒りと憎悪なのです。この否定的な強い力を弱めようとするよう心を鍛錬しない限り、怒りと憎悪は穏やかな心持ちを育もうとする試みを妨害し続けます。

 

怒りと憎悪には、すさまじい破壊力があります。それをすっかり取り除くには、怒りの基となるものが、他者の安寧に気づかぬまま、自分の幸福や利益を大切にする心構えにあることを認識しなければなりません。

 

自己中心の心構えは、怒りの中だけではなく、本質的にあらゆる精神状態の根底にあります。自己中心の心構えとは、物事の実際の姿を誤解している惑わされたものであり、この誤った認識が人の経験するあらゆる苦しみや不満足や不平の原因となっています。そこで、思いやりと寛大な心の修行者の最初の務めとなるのが、内なる敵の破壊的本質と、この内部の敵がどのように望ましくない結果を招くかを理解することです。

 

心の内部にいる敵にも対処できる、仏教の心の鍛錬のような技法に近づくには、自分が直面している務めの複雑さを心得ておかはければなりません。仏教のいろいろな経典には、84000種もの否定的・破壊的思考があげられ、84000の取り組み方や防御手段が記されています。否定的思考を根絶するのに役立つたった一つの魔法の鍵がどこかに見つけれられるだろう、などと夢のような期待をいだかないことです。

 

永続する成果を得るには時間をかけて、いろいろな方法を適用しなければなりません。つまりは、大いなる決断力と忍耐を必要とするのです。いったん法(ダルマ・仏教の教え)の実践を始めてしまえば、一週間もあれば悟れるだろうと考えないように。それは非現実的なことで間違っています。

 


◆他者の苦しみと自分自身を愛せる能力

他の人の苦しみを共有するときには、不快な要素はありますが、ある意味では自発的に苦しみを受け入れているので、いくらか安定しています。他者の苦難に自ら進んで関与しているときには、そこには強さと自信の感覚があるのです。

 

ところが、自分自身の苦痛や苦難を経験している後者では、不本意の要素があり、自分の側でコントロールされていないため弱くて打ちのめされているように感じとります。

 

他の人を気にかける感覚を伸ばすときに土台になるものがあります。意外に思えるでしょうが、自分自身を愛せる能力が基礎となるのです。自分自身への愛情は、何も自分に恩義があるので生まれるのではありません。それどころか、自分を愛せる能力の根底にある事実は、人はみな本来、幸福を願い、苦難を避けたいと思っていることです。

 

幸せになり、苦しみを避けたい欲求がなければ、自分を大事にすることはないでしょう。この事実にいったん気づけば、愛情をその他の有情の生き物にも広げることができます。

 

したがって、「自らの安寧を無視して他者の幸福を大切にせよ」といった教えの言葉にぶつかったときには、思いやりの理念に従って自分を鍛錬するという文脈で理解した方がよいのです。自分の行為が周囲の人や生き物にどう影響するかを無視してしまう自己中心的の考え方に身をまかせないようにするには、これはすこぶる大切なことです。

 

生きとし生けるものを貴いものとして思う心を育むことは大切です。私たち自身の喜び、幸福、成功の体験で生き物たちが尽くしてくれている親切な役割を認識することで、この心は育むことができます。これが最初に考慮すべき事柄です。

 

次に行なうべきは、分析です。分析すれば、人が覚えるみじめさや苦しみの大部分は、他の人々を犠牲にしておのれだけを大切にする利己的態度から生じるのがわかります。みじめさとは逆に、人生で味わう喜びや安全感の多くは周囲の人の安寧を大切にする思考や情緒から生まれます。

 

自分を大切にすることと他者を大切にすること。

この二つを対比させてください。きっと他の人々の安寧を貴いものとして見なす必要がある、と納得するのではないでしょうか。

 


以上の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】

『思いやりのある生活』

ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャムツォ/著

沼尻由起子/訳

光文社知恵の森文庫

 

画像については、無料素材を合成して作成したものです。

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