●震災から2年~共に生きる多くの私達

ミニバラ_20130311
ミニバラ_20130311

●あの日のこと

 

2011年3月11日14時46分の東日本大震災から2年が経ちました。

多くの人々があの日のことを思い出していらっしゃることだろうと思います。我が家では昨夜、震災の日どんな思いだったかを話していました。

 

長女は、学校の廊下で第一波の揺れを感じ、担任の先生が「早く教室に戻れ」と叫ぶ中、みんな走って教室に戻ったそうです。その後、机の下にいる時に(上階にある教室のため)強烈な揺れに見舞われ、泣き出す友人達の声を聞きながら、「私はこのまま死んでしまうんだ」「ママもマンションの下敷きになって死んでしまうだろう」と覚悟したそうです。

 

その頃、私もマンションの5階で激しく揺れる玄関のドアを押さえ、道路で大きく左右に揺れる街灯を見ながら、「もしかするとこのまま死んでしまうかも」と覚悟していました。

 

そして長女は学校のテレビで、私はお隣のテレビで、津波で家や車が次々と流される様子を見たのです。マンションの友人達と集まり、その映像を見ながら震えが止まらず、心配してメールしてくれた人々への返信もままならない感じでした。

 

そこからは、一人暮らしの高齢者の無事を確認したり、保育園に次女を迎えに行き、両親が都心から帰れない子供達を引き取り、連絡を受けた友人宅の子供達の様子を見に行ったり、小学校から両親が戻って来られない家に帰された子供達の無事を確認したりと、大忙しでした。

 

パパは学校の子供達の安全を確保するため当日帰ってくることはできず、私は娘二人と、両親が帰れず預かった子供達二人と共に、大きな余震が続く中、大変不安な夜を過ごしました。

 

そして何日も続く余震に怯える子供達を安心させたり、計画停電に備えたり、節電に協力して寒く暗い日々を過ごしながら、原発の避難区域や津波の被災地、また寒い避難場所で過ごす方々の映像に日々胸を痛めておりました。

 

●共に生きている私達

 

あの日から二年、「私の一部はずっと被災地のどこかにいるような気がする」と話したら、長女が「私もそんな気がしている」と言いました。震災のニュースを見る度に涙を流し、心を痛めている私達家族ですが、そんな話をしたことがこれまでなかったため、お互いにとても驚いていました。

 

けれど、その時に思ったのです。普段、口に出すことはなくても、被災地の痛みと共に生きていると感じている人は多いのではないか?と。被災地の人々の痛みを共に痛み、復興の喜びを共に喜んでいる人は、とても多いのではないか、と。

 

実を言えば、1995年(平成7年)1月17日の阪神淡路大震災でさえも、そうなのです。もう18年たち、美しい街並みが戻っても、あの日のニュースから続く胸の痛みがあります。

 

更に言えば、チェルノブイリ原発事故も、スマトラ島沖地震も、その他の色々な痛みに触れたときから続く、胸の痛みがあるのです。それは私達がつながっているからかもしれません。

 

その感じは何に似ているかなと考えてみると、遠い親戚の痛みと喜びに似ています。何かあったとき、お見舞いを送り、悲しみや苦しみの声を聞いて胸を痛め、無事や回復を共に願い、少しでもよいニュースが届くと、喜びを分かち合うような。

 

離れているけれど、共に生きている私達。遠くで、痛みや喜びを共に感じている私達。

 

●プロセスの完了~調和へ

プロセスの完了
プロセスの完了

 

震災の前日の同じような時刻(2011-03-10 14:47:10)に私は、『●プロセスの完了~あるプロセスが終わるとき』 というブログを書きました。

 

「今朝、あるプロセスが完了しました。このプロセスの始まりは小学校5年生の頃。ずいぶん長いプロセスでした。」と書いています。

 

翌日、清清しい新しい気持ちで午前中を過ごした、その午後に大震災が起こりました。

 

調和する
調和する

そして震災後に最初に得たヴィジョンは『●調和する』というものでした。

 

『野草「仏の座」の花言葉「調和」。自分自身のあらゆる部分と調和する。家族、友人、地域、職場、学校・・・身近な人々と調和する。日本や世界の人々、あらゆる生物たち、地球の全てと調和する。宇宙の在り方と調和する。少しづつチューニングを合わせて、調和を進めたいなと思いました。』と書いています。

 

●調和しながら共に生きる

 

それぞれの場所で、お互いの痛みや喜びを共に感じながら、あらゆる国の人々や、生物や自然環境、地球や宇宙と、少しずつ調和を進めていくことができれば・・・。また、生きている人々と、亡くなってしまった人々の願いが良いカタチとなって、復興が進みますように。

 

そんな願いと共に、2013年3月11日14時26分の黙祷を捧げたいと思っています。

 


調和しながら共に生きることができますように。

2013年3月11日

 

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