●ウォーキングラン

ウォーキングラン
ウォーキングラン

●ランニング半生の疑問が解決した日

 

今日は、私のランニング半生(約25年)にわたる長年の疑問が解決した記念すべき日でした!

 

それはもう朝からスッキリで、胸のつかえが取れたような、何とも言えない爽快感!この先、ずいぶん流れが良くなるだろうなあと思います。

 

何に似ているかと言えば、まだ長女が幼かった10数年前に、「あぁ!私の子育てはこれだ!」と実感したときのような気分です。

 


●気分的にウォーキングの方に近い

 

最近お日様が昇ってから走ると暑いので、今朝は久しぶりに早朝ランに変更しました。すると2~3年前から毎朝会っていた早朝ウォーキングの常連さん達が、川の対岸から私を見つけ両手を振って挨拶してくれたり、「久しぶりだね~!元気だった?」と再会を喜んでくれたり。

 

だいたいウォーキングの方々とゆっくり挨拶を交わしたり、すれ違いざまに話したり・・・という走り方だから知り合いも増えるのですが。最近では途中、何度か足とアプリを止めて、写真を撮ることも多く、走ってるのだか、何をしているのだか・・・という感じです。

 

そんな中、パパ友ランナーがスピード良く通り過ぎていきました。その時、ふっと閃いたのです。「私は気分的にウォーキングの方々に近いのでは?」それは考えたこともないことだったのですが、そう考えると、今までの疑問が全て解消され、悩みが吹っ飛ぶことに気づいたのです。

 


●私はウォーキングランナー

 

私の身体は走っているのですが、心は歩いていたのですよ。それはたぶん25年前に走り始めた頃からずっと。だから、レースに誘われても、タイムの話をされても、今ひとつ気が乗らず、どちらかと言えばウォーキングの方々と話がかみ合う。そして「頑張って走ってるね」と言われると「(心は歩いているので)いや全く頑張ってないんだけどなあ」と思ってしまう。

 

じゃあ、歩けばいいのでは?とか、ジョギングでいいのでは?というとそれはまた違う問題で、自分なりのランニングペースが身体に心地良いのです。だから身体は走ってる。でも心は歩いてる。だから、私の「ゆるゆるラン」というのは実は、「ウォーキングラン」なんだなあと気づいたのです。

 

ウォーキングランは心が歩いているので、走ることそのものよりも、環境に意識が向いています。だから四季折々の花鳥風月(植物・動物・自然・宇宙)、人々、街並み、自分自身の心身の状態の方が、「走り」そのものより重要になってしまう(笑)それで自分的にOKなのだなあと。そして身体はランニングマイペースで快適な心地よさを感じている。私のウォーキングランとはそんな印象です。

 


●ウォーキングランの軌跡

ブログを書き始めた2010年秋から、身体は走って心は歩いている「ウォーキングラン」の記事を沢山書いていました。

 


●人生で本当に欲しいもの

 

今年の初めに書いたブログ『●人生で本当に欲しいもの』の中で、ターシャ・テューダが「人生で 本当に欲しいものは何なのか よく考えてみたいですね」と問いかけています。

 

「ウォーキングラン」の発見は、私の90歳まで予定しているランニング人生にとって「本当に欲しいもの」だということです。

 

子育てにも一人ひとり異なる「理想のお母さん」があるように、ランニングにも一人ひとり異なる「理想の走り」があると思います。私は自分の理想の走りである「ウォーキングラン」を一生楽しんで生きたいなぁと、とても満足気に感じた今日でした。

 

「人生で 本当に欲しいもの」に色々な分野で出会えると嬉しいですね。

 

愛と光と感謝をこめて。

 

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