■プロセス

●キリストに出会うということ

●キリストに出会うということ【ミニブログ】

 

ドリーン・バーチュー氏に関するニュースがきっかけで、本ブログを書くことになりました。文末に2017年11月11日の追記があります。

 


ドリーン・バーチュー氏のニュース

ドリーン・バーチュー氏のニュースは下記の内容でした。

 

『ドリーン氏が、イエスキリストに出会い、カード占いやアセンデッドマスター、タロットカード、占い、書籍発行を全てやめたそうです。このビデオですよ!ドリーンバーチュー自らがメッセージしています。』

https://www.youtube.com/watch?v=6qVnUxdXhkU

 


ドリーン・バーチューが2017年1月7日にイエスに出会い、同月に洗礼を受けてクリスチャンとなり、占いもエンジェルヒーリングもアセンデッドマスターもオラクルカードも天使のチャネリングも全て止めました!本やカードの印刷も停止するようにと出版社に依頼したそうです。(2017年8月28日に公開された上記動画の概要より引用)


 

私はインナーウィッシュのサイトで、ドリーン・バーチュー氏のオラクルカードや、エンジェルナンバーを紹介していますが、同時にキリストの言葉なども紹介しています。そんなこともあり、この方はメッセージを送ってくださったのかもしれません。

 

理由はともかく、私はこのニュースと動画に少し驚いてしまいました。なぜなら、ドリーン氏は、すでにキリストに出会っていたものと思い込んでいたからです。その上で今までお仕事をされていたのかと勘違いしていました。

 

彼女の信仰告白を聴いて、今回が生まれて初めてイエスキリストとの出会いだったのだということがわかりました。そして彼女の救いの実感が非常によく伝わってまいりました。

 


ドリーン・バーチュー氏は動画の中で次のように伝えています。

 

『イエスの存在をただ「信じる」のではなく「知る」ようになったのです』

 

『裁きではなく憐れみを持っており各自に託した使命を果たしてほしいと願っているようでした。』

 

『そのような体験の後、人生が爆発したようでした』『何で本当のイエスだとわかるのか?と聞いてくる人がいます。イエスの振りをする存在もいるからです。私もそのことは知っています。』

 

『本当にイエスと会ったと言えるのは、御言葉には「実によって彼らを見分けることができます」と書いてありますが(マタイ7:15)イエスと出会った後の自分が完全に変わったからです。』

 

『神の御心に沿いたいと思うようになり、御心に反するものはやりたくなくなったのです』

 


私は、2001年(34歳)の頃、キリストに出会い救われてから、インナーウィッシュの仕事を開始しました。仕事の出発点がイエスキリストとの出会いだったのです。

 

しかし、キリストも高次の世界にも全く興味関心がなく、宗教も嫌悪している世界中の人々に、このような世界を周知するのは至難の技だろうと当時は絶望的に感じていました。

 

ところがドリーン氏は、それを見事にやってのけていました。私は神が彼女にこのような仕事を与えたのだと感じていたのです。

 

ですが今、この時点で、彼女がキリストに目覚めたということは、これまで集めてきた大勢の人々をその方向に導いていくのではないか?と感じました。

 

この方向とは、キリスト教という宗教に勧誘するという話ではなく(これはキリスト教を否定する意味ではなく押し付けではないという理由で)、「キリストに出会う」方向に導くという意味です。

 


キリストに出会い転じる人

 

※この部分の記事を一部削除・修正しました。

 

キリストに敵対する活動をしていた人が、キリストに出会い、生き方を変えるケースも増えているようです。

 

キリストに守られている人々を攻撃できなかったような体験から、自身も守ってもらえるかもしれないという希望の光を見出し、実際にキリストに出会って信じるようになり、強く守られ始める、そういうプロセスです。

 


思い出したのは、イエスの弟子たちを迫害し殺していたパウロ(サウル)がイエスの声を聞き異教徒への伝道師に生まれ変わる「パウロの回心」です。

 

●パウロ、自分の回心を話す(使徒言行録22:6-9)

旅を続けてダマスコに近づいたときのこと、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしのまわりを照らしました。わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。

 

●パウロ、異邦人のための宣教師となる(使徒言行録22:17-21)

さて、わたしはエルサレムに帰って来て、神殿で祈っていたとき、我を忘れた状態になり、主にお会いしたのです。主は言われました。『急げ。すぐエルサレムから出て行け。わたしについてあなたが証することを、人々が受け入れないからである。』わたしは申しました。『主よ、わたしが会堂から会堂へと回って、あなたを信じるものを投獄したり、鞭で打ちたたいたりしていたことを、この人々は知っています。また、あなたの証人ステファノの血が流されたとき、わたしもその場にいてそれに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです。』すると、主は言われました。『行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。』

 


 

このような新約聖書の時代と同じようなことが現代に起こっているのを知ると本当に驚きです。

 

おそらくこのような方はこの先、多くの罪に苦しむ人々を救い続けるのではないかと想像しています。その道のりでの様々な苦労や浄化のプロセスを、キリストとの毎日の内なる関わりの中で支えられながら、乗り越えることができますようお祈りしています。

 

 


私自身のキリストとの出会い

 

私自身の体験を書くかどうしようか迷ったのですが、こういう機会でもないと一生書かずに終わってしまう可能性もありますので、書いておこうと思いました。

 

私は、インナーウィッシュサイトのプロフィールにも詳しく書いていますが、幼児洗礼のクリスチャンで、かつ仏教にも縁のある子供時代を過ごしています。

 

仕事の激務から27歳の頃うつ病になったことがきっかけで、心理学や自己啓発や宗教や、病院・カウンセリング・セラピー・ワークショップ・セミナーなどあらゆる方向に助けを求めていました。勉強や体験を重ねるうちにうつ病は回復したのですが、魂の渇きとでもいいましょうか、根本的な何かが解決しないまま、転職や出産を経て、30日間の霊性プログラムで黙想し、「声を聴く」方向に導かれていきました。

 

そんな34歳のある日、一人で立ち寄った誰もいないイグナチオ教会の主聖堂で祈っていると、突然「待っていた」という声が聴こえたのです。驚いてあたり見渡しても誰もいません。もう一度祈ると、「あなたのことをずっと待っていた」という声が響き、それが聖堂全体から圧倒的で完全な愛と憐れみに満ちた存在感をもって鳴り響いたのです。私の魂はこの時初めて完全に満たされたように感じ、探していたのは、この存在感だと実感しました。

 

そして突然、「キリストがずっと待っていてくれたのだ!」ということに気づき涙が止まらなくなりました。まるで放蕩息子を待っていた父親のように、キリストはさまよえる魂の私と出会うために待ってくれていたのです。(この「待っていた」の意味は過去生を思い出すに従って、より深い意味を知るようになりました。)しかし、その時はとにかくキリストが私を待っていてくれたという喜びに満たされながら、感謝の祈りを唱え続けました。たぶん1時間くらい祈っていたと思います。

 

その後、帰宅してから我に返り、あれは何だったのだろう?キリストの声かと思ったけれど、もしかすると勘違いかもしれない・・・と思い始めたのです。でもその瞬間、キリストが傷ついたハートを示すビジョンが現れ、何もおっしゃらず、じっと私に顔を見つめておられるので、苦しくなり、「そのようなビジョンでは何もわかりません。声をお聞かせください」とお願いしました。

 

それは非常に苦しいお願いで、頼んでみたものの、実は何も聞きたくないという気持ちもありました。なぜならば、聞いてしまったら、自分の人生が変わってしまうことが無意識にわかっていたからです。それでも苦しくて聞かずにはいられませんでした。

 

その声は私に言いました。「あなたの知っていることを伝えなさい」やっぱり一番聞きたくない言葉でした。それは夢でも言われた内容です。(●聖母マリアの夢~表現すること)私は小さい声で「はい、少しづつなら…」というような答え方をしたように思います。

 

それからとても苦しみつつインナーウィッシュのサイトを立ち上げ、これまで16年間、少しずつ少しずつ、知っていることをアップし続けています。ものすごくスピードは遅いと思います。なぜならば、やはり現実的な生活や人間関係とバランスを保ちながら進めたいからです。そして自分でも認めますが、とても臆病だからだと思います。

 

それでも、今日はこのような機会に、また少し書くことができたので、(みなさんがどう感じるかは別として)内心とてもホッとしています。

 

インナーウィッシュが「日常生活の変容」をテーマにしているのには訳があります。キリストは今も多くの方に語りかけていると思います。それはマザーテレサも伝えています。(●マザーテレサの祈り

 

けれど、人生を激しく変えてしまいたくない多くの人は、かつての私のように「聞きたくない」と感じるように思うのです。大きな変化は恐ろしいと思ってしまうのは無理もないと思います。でも、私のように聞いてしまっても、日常生活の中で、少しずつ変化していく道もあるのだとお伝えしたいのです。

 

自分自身の魂の浄化や、生活の課題に取り組みながら、少しづつミッションを一歩づつ実現していく、そんな道もあるとお伝えしたいと思っています。そしてそのような道も、キリストは毎日応援してくださっています。

 

ですから、キリストに出会うことを無意識に求める人が(必要のない人に強要するものではありません)、ご本人が受け取れるような良いタイミングで出会うことができますよう、心よりお祈りしています。

 

 

愛と光と感謝をこめて

インナーウィッシュ

 


◆2017年11月11日の追記

 

「キリストに出会う」ということは、自己の内なる光の道にたどり着くことです。ですからその後、生き方がフラフラせず性根が座ったような状態になります。その後も何かを探し求めてさまよっている場合は、もう一度きちんと「キリストに出会う」ことを願うことをおすすめします。

 

また、「キリストに出会う」ことによって他の全てを否定するようなことにはならないと思います。それはキリストが「わたしたちに逆らわない者は、私たちの味方なのである。」と説明している通りです(キリストの言葉)。ですから、もしいきなり排他的になってしまうなら、それはキリストへの道ではなく「狂信者」への道を進んでしまっているのだと思います。

 

また、キリストを観るということは重要ではなく、キリストの与える助け主である聖霊に導かれることが重要です。「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(キリストの言葉)」

 

キリストは完全な愛を与えてくださっていますが、私たち人間が完全な愛を実現するのは難しく、いつまでたっても途上だと思います。それでもキリストの愛を知ることで少しずつ前進できるのではないかと思います。

 


キリストの言葉

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11章28)

 

求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。

門をたたきなさい。そうすれば開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。(マタイ7章7-8)

 

●キリストの言葉【自己変容の道】より

 


●変異における身体的症状はスポーツにおける筋肉痛のようなもの

●変異における身体的症状はスポーツにおける筋肉痛のようなもの【ミニブログ】


◆変容プロセスの症状について


インナーウィッシュのHPで『エンジェルナンバー』に次いでアクセス数が多いページは『変異における身体的症状』です。

 

このページでは、変容プロセスの各段階(ライトボディレベル)で身体に現れる様々な症状についての説明を、『ライトボディの目覚め』という書籍から紹介しています。

 

毎日毎日、このページにアクセスする人が後を立たない現状を見ますと、多くの方が変容プロセスの途中で、さまざまな身体的症状に悩まされているのではないか・・・と想像できます。

 

私もこれまで長い年月にわたって、数々症状に出会ってきました。頭痛・腰痛・手のしびれ・心臓の痛み・発熱・嘔吐・下痢・疲労・電球が飛ぶ・電気製品のショート・・・。

 

◆症状の扱い方


その度に「また変化の波がやってきたなあ、やれやれ・・・」と感じ、2013年には、変化の波と身体的症状について、ブログを書いたこともあります。(アメーバブログ『変化の波と身体』

 

また、変化のプロセスの入り口に立って戸惑う方のためには、「変異についての考え方」という記事を書き、苦痛な症状かもしれないが「生理」のようなものと表現したことがあります。

 

その後も、変化の波が訪れるたたびに、色々な症状に出会ってきたわけですが、随分年月がたった今、「変異における身体的症状の扱い方」について感じることがあり、あらためて表現してみることにしました。


◆激しい胸の動悸を感じる周波数

 

アクエンアテンと弥勒菩薩』という2012年に書いたブログで、アクエンアテンと弥勒菩薩に関連する情報に接すると「激しい胸の動悸」を感じる、と表現したことがあります。

 

実を言いますと、最近でも同じで、この両者の情報に接すると「激しい胸の動悸」を感じていたのです。当時は全くわけがわからなかったのですが、今はっきりわかることは、この両者に共通する周波数を受け取った時の身体的症状だ、ということです。


◆スポーツにおける筋肉痛として

 

この動悸を感じるますと、非常に動揺して疲れるのがいつものパターンだったのですが、先日ふとした瞬間に、ある直感を得ました。それは、この「激しい胸の動悸」は、ランニングでスピードをあげた時の「筋肉痛」のようなものではないか、と。

 

つまり、筋トレやランニング他スポーツで、自分のレベル以上のステージで身体を使った時に起こる筋肉痛のようなものだ、と。筋肉痛はスポーツでレベルアップする時にはつきもので、使っていない筋肉を使ったり、いつも以上にスピードや負荷をかけると起こります。でもそれを恐れる必要はないし、そのレベルに身体が慣れてくれば、自然に治ってしまいます。ただし、無理しすぎると故障の原因になりますが。

 

変異における身体的症状が「スポーツにおける筋肉痛のようなもの」と実感できた時、これまでの憂鬱さは消えて、何か晴れ晴れと爽やかな、ちょっとチャレンジ精神につながる気分を得ることができました。


◆積極的に慣れる


そこで、「激しい胸の動悸」も筋肉痛のように慣れれば平気になるはず、と筋肉痛にもアクティブレストするランナーのように、直面する気持ちでいますと、あっという間に慣れてしまい、細かい振動程度にしか感じなくなりました。そして、「この周波数は受け取れる」という感触を得たのです。

 

以前は、変異における身体的症状を「女性の生理」のように成長にともなう身体の変化と表現したわけですが、それですと何か「仕方ないが受け入れるしかない・・・」というような、ちょっと否定的で受け身な感じになってしまいます。


◆前向きに明るく成長する

 

でも、変異における身体的症状は「スポーツにおける筋肉痛のようなもの」と表現すれば、もう少し、積極的に前向きに、これからレベルアップするぞ!というような希望を感じられるのではないか、そんな風に感じました。

 

まあ、これはあくまでも私の印象ですので、参考になるかどうかわかりませんし、スポーツ大嫌いという方には、かえって嫌な印象になるかもしれないので申し訳ないのですが、少なくとも、「成長していく」「慣れていく」という印象を持つことは、役に立つような気がします。

 

身体的症状も、ステージアップの筋肉痛のように前向きに受け止めながら、子ども達の輝く成長プロセス同様に、魂の成長も、明るく光に満ちたプロセスとなりますよう祈っています。

 


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●まっすぐな道

●まっすぐな道【ミニブログ】

 

時々「まっすぐな道」という言葉が降りてきます。そういう時は、なんとなく道草食ってたり、ちょっと迷っていたりする時です。

 

「まっすぐな道」という言葉には、何か背筋が伸びるような、道を正されるような、自分の道に引き戻されるような不思議な力があります。

 


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燃える太陽と雄鹿の夢

燃える太陽と雄鹿の夢

先日起きる直前に「燃える太陽と雄鹿」の夢を観ました。夢というより短い動画のヴィジョンのような印象でした。


燃えているような太陽の中に神々しく立派で風格のある雄鹿が観えました。雄鹿がじっとこちらを見つめた後、太陽から飛び出てくるというヴィジョンです。雄鹿は大きく数回跳びはねてジャンプし、また何か伝えたいのかじっとこちらを見つめていました。


目が覚めてしばらくは、その鮮明なヴィジョンが忘れられず、いったいどういう意味だろう?と頭を悩ませました。あまりに不思議なヴィジョンで、何かをキッカケに観たという覚えもなく、突然やってきた感じがありました。


「太陽と鹿」というモチーフは恥ずかしながら聞いたことが無く、だいたい「鹿」の象徴的な意味も知らなかったので、ネットで色々と調べてみることに。


(1)夢占い

最初に夢占いを調べたのですが、どれもピンときません。太陽と鹿の組み合わせに意味があるように感じたのですが「太陽と鹿の夢」について書かれているものも見当たりませんでした。参考まで「太陽の夢」「角のある鹿の夢」について少し紹介します。 

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文参照)http://astrology.neoluxuk.com/dream/index.php/Cat1No/D130/Cat2No/105/

●太陽の夢

地球に生命を育む太陽は生命力の象徴であり、太陽の夢は、活力、気力、体力、豊かさ、権力などを表わします。 このため、太陽の光が届く夢は、幸運の訪れを意味する吉夢です。

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文参照)http://mujinnikki.com/deer-1183.html

●角のある鹿の夢

角のある鹿は、才能やひらめき、アイディアによる発展を意味します。また、未来への順調な道筋がることを示唆する夢です。チャンスが近くにある、チャンスをものにする、またそのような現状や願望があることの表れでもあります。才能が開花し、将来の可能性を掴む時期です。このチャンスをしっかりとした意志で逃さないようにしましょう。

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(2)古代ヒッタイトのシンボル

次に古代ヒッタイトのシンボルとして太陽を表す「円環」と角をつけた動物がセットになっているデザインがあることを初めて知りました。けれども夢の太陽は「円環」ではないし、中の鹿も1頭のみで、何か特別な鹿の印象があったので、古代ヒッタイトのデザインとは少し違うなと感じました。

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写真・文参照)http://www.intersol.co.jp/turkey/ankara1.htm

アンカラ市内を南北に走るアタチュルク大通りをゆくと、鹿のブロンズ像が目にとまる。古代ヒッタイトのデザインで、祭祀に使われたものと推定され、実物は博物館で見ることができる。

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文参照)http://www7a.biglobe.ne.jp/~amusic/un0506-2.html

太陽を表す「円環」と、角をつけた動物がセットになっているスタンダードを示しましたが、「角」をつけた動物(鹿や牛など)が「太陽の象徴」というイメージが浸透したためなのか、「太陽」を意味する「円の枠」ががはずされ、動物単体のスタンダードが見られるようにもなります。

大きな円環の中に、3頭の「角」を持った動物が配置されるというスタンダードは、現在、トルコの首都アンカラのシンボルとなっています。

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(3)春日大社の春日鹿曼荼羅

次に見つけたのが春日大社の「春日鹿曼荼羅」。これは、関東の鹿島神社から神様の分霊を神の使い、白い鹿の背に乗せて春日大社まで旅をしたというお話が由来だとか。これままさに輝く太陽と鹿かと思いきや、どうも円鏡を表わしたもののようです。また神鹿の背に乗った五体の仏菩薩ということで、私の夢の「燃える太陽の中の鹿」のイメージとは違っていました。

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写真・文参照)http://hirainus.tumblr.com/post/55370145/kml-suyhnc

神鹿の背に神木である榊に支えられた大きな円形の鏡が描かれている。この鏡は「春日大明神」の御正体であるが、ここに五体の仏菩薩が描かれている。 文殊菩薩、釈迦、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音の五体である。

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(4)仏教のシンボル「法輪」とサルナートの鹿

次にたどり着いたのが仏教のシンボルである「法輪」とサルナートの鹿です。チベットでは2匹の鹿に見守られた法輪が寺院の屋根に配置されているそうです。この鹿、仏陀が悟りを開いた後、インドのサールナートで初めての説法(初転法輪)を、5人の弟子と共に聴いていた初めての信奉者だといいます。配置もデザインも夢とは異なりますが、何か近づいてきたような気がしました。


法輪は仏教のシンボル・仏陀の教えのシンボル・仏陀のシンボル・太陽のシンボルのようです。


そして鹿は、仏陀の最初の教えを聴いた者。でも、夢の中の鹿はもっと神々しい特別感がありました。

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写真参照)http://big5.visittibet.cn/travel/920.html

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写真・文参照)http://ameblo.jp/39itten/entry-11559981213.html

Wheel  (輪 チャクラ)

仏陀の教え=ダルマによって人が変わり、覚りの道へ向かう車輪ダルマチャクラです。8本のスポークは八正道を表します(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)

2匹の鹿に見守られたシンボルとしてチベット寺院の入口によく見受けられます。鹿は仏陀がインドのサールナートで最初に説教をした際の初めての信奉者、いわゆる信徒です。ヒンズー教では、ビシュヌ神が手に持つシンボルの一つにもなっています。

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文参照)http://www.ancient-symbols.com/japanese/buddhist-symbols.html

ダルマチャクラやダンマチャッカと呼ばれ、仏陀自身を表す 時にしばしば使われます。また世界中で仏教を象徴するシンボルになっています。法輪には八本の輻があり、これは八正道を表しています。

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文参照)http://www.geocities.jp/jamillahouse/kongoh/kongoh.html

法輪は釈迦 如来が太陽のように我々の日常生活に無くてはならない存在でしたので、太陽 を図案化してシンボルとしたものです。金輪・宝輪・輪宝とも言います。法輪の輻すなわちスポー クが千本ある「千輻輪」が最高、最強の法輪ですが現実には制作上不可能で彫刻、 絵画にもありません。

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(5)鹿野苑物語の鹿の王サーランガ・ナータ

そして最後にたどり着いたのが、鹿野苑物語の鹿の王サーランガ・ナータです。


仏陀が悟りを開いた後に初めての説法(初転法輪)したサールナートとは鹿野苑物語の鹿の王サーランガ・ナータに由来してること、その鹿の王は釈尊(仏陀)の前世の姿であったことを知りました。


この「鹿野苑物語」のイメージは私の観た夢の印象にピッタリでした。「仏陀の前世の姿である鹿の王が、仏陀の教えでる太陽のような法輪の中から出てくる」というストーリーは、夢を観た直前の夫婦の会話の流れとも一致していました。鹿と仏教が全く結びついていなかった私に、何か伝えたいことがあったのではないかと思います。

法輪と鹿の王

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写真・文参照)http://www9.plala.or.jp/myourei/indo4.htm

仏陀の教えが最初に発せられたところ。教えを聴いたのは5人と周りにいた鹿だったことから、鹿野園とも呼ばれるんだ。サルナートという地名も「鹿の王」を意味するサーランガ・ナータが縮ったものと考えられており、そんなところからか鹿を飼育する施設もある。

●鹿野苑物語

昔々・・・・鹿野苑一帯は元来鹿の群棲する平穏な地方で、修行者たちの集まるところでもあり、リシバタナ(聖仙の住む処)ともいわれていたが、カーシー国王は鹿狩を好んだので、鹿もだんだん数が減っていった。

 

その事を憂慮した鹿の王は、カーシー国王の前に進み出て「1日1頭の鹿を届けますので鹿狩りをやめてください。そうすれば大王には新鮮な料理が続き、私たちは命を延ばすことができます。」と懇願した。国王はそれを承認し、狩りを中止したので、鹿の王は1頭ずつ届けていた。

 

ある時鹿の群れの中に懐妊している鹿がおり、順番がきて送り届けられることになった。その雌鹿は「私は死ぬべき順番ではありますが、腹の子は順番には当たっておりません。」と鹿の王に申し出た。鹿の王は「なんと悲しいものであるか・・慈母の心というものは・・・私がお前に代わろう。」といい、カーシー国王のところへ行った。

 

国王は「鹿の王はどうして突然に来たのか!」と問うた。鹿の王は「雌鹿が死ぬ番になりましたが、腹の子はまだ生まれておりません。この不尽を忍ことができず、私の身をもって代わることにしました」と言上した。国王はこの言葉を聞き感嘆して「余は人間でありながらなんという野獣のような心だ!それに対して汝は鹿の身でありながら本当の人間の心をもっておる」と言って、その一帯の林を鹿の楽園として保護し、これに因んで施鹿林と称した。鹿野苑の名はここから起こったのである。

 

以上は鹿にまつわるジャータカ物語であり、玄奘の「大唐西域記」より引用したものであるが、この慈悲のある鹿王こそ釈尊の前世の姿であった、と説かれている。

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(6)ダンマパダ〜ブッダの教えの中で最も古い経典の一つ

私はこの夢から「ブッダの教えを聴く」必要があるというインスピレーションを得ました。それも、インドのサールナートで初めての説法(初転法輪)を最初に聴いた鹿に見習う必要があると感じたのです。


それをヒントに検察した所、最も古い経典の一つである『ダンマパダ』(「真理の言葉」という意味)を読んでみようと思い立ちました。

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文参照)http://president.jp/articles/-/12301

今から2500年前に仏教を開いたブッダ(釈迦)が実在の人物であったことは間違いありません。彼の残した言葉を知るには、最も古い経典の一つである『ダンマパダ』(「真理の言葉」という意味)を読むのが一番いいでしょう。現在残っているお経のほとんどは後世の人によって作られたものなので、ブッダの教えを正しく知るには、できるだけ古い経典を見る必要があるからです。

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これまで『ダンマパダ』の引用はあらゆるサイトで読んでいましたし、ブッダの教えに関する本は沢山よんできましたが、今回の夢では、「初めての説法(初転法輪)を最初に聴いた鹿のように」聴く必要があると感じたのです。


同様に最も古い聖典とも言われる『スッタニパータ』(ブッダの言葉)と、『大パリニッバーナ経』(ブッダ最後の旅)も入手し、読んでみようと思った次第です。



今回の「燃える太陽と雄鹿の夢」から私は、「ブッダの教えを聴く」必要があると感じ、更にインドのサールナートで説法(初転法輪)を最初に聴いた鹿に見習う必要があると感じました。


具体的な行動が的を得ているかどうかわかりませんが、何を伝えようとしているのか良く聴いて、しっかりと感じて、何か一歩踏み出す必要があると感じた力強い夢でした。そして、それを実行しようと思った次第です。


とても印象深く有難い夢でした。

そして本の内容を紹介できるのを楽しみにしています。

 

2015年6月9日

自己変容の道に『ダンマパダ〜真理のことば』をアップしました。

2015年6月11日

自己変容の道に『スッタニパータ〜ブッダのことば』をアップしました。

2015年6月13日

自己変容の道ブッダ最後の教え』をアップしました。

2015年6月13日

自己変容の道大パリニッバーナ経〜ブッダ最後の旅』をアップしました。

 

不思議な夢関連ブログはコチラ↓

●シャクヤクの夢〜棘のない薔薇

●白い猿と不思議な夢たち


最後まで読んでくださってありがとうございます。

愛と光と感謝をこめて

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シャクヤクの夢〜棘のない薔薇

シャクヤクの夢〜棘のない薔薇


『シャクヤクの夢〜棘のない薔薇』




不思議な夢を観ました。

大輪の花が沢山咲き乱れている

シャクヤク(芍薬)の鉢植えが

我が家に届いた夢です。


絶好調な時ならわかるのですが、

あいにく前日の私は絶不調。


根も葉もない噂を立てられていたことを知り、

かなりショックを受けていました。 


降って湧いたような災難に見舞われ、

腹も立ったし悲しかったしで、

久しぶりに落ち込んでいたのです。


そんな日の夜にシャクヤクの花が

夢の中で届けられました。


それは見事な美しいシャクヤクで、

夢の中でうっとり眺めていると、

私は深く深く癒されたのでした。



 

その夢で真夜中に目を覚まし、

夢占いのサイトを調べたのですが、

どうもピンとくるものがありません。


そこで今朝起きてから、

シャクヤクの象徴を調べることに。

するとありました!

ぴったりくる記述が!


[西洋シンボル事典,p.150] では、

peony(しゃくやく)は

棘のないバラである聖母マリアのシンボル。


シャクヤクの事をフランスでは「聖母のバラ」

スペイン・イタリアでは「山のバラ」

と呼ばれているそうです。


シャクヤクと聖母マリア


シャクヤクは聖母マリアの象徴だったのですね。

そして「棘のない薔薇」という表現が

あまりにも腑に落ちました。


薔薇も聖母マリアの象徴ですし、

愛の象徴でもあります。


でも「棘のない薔薇」という表現が

このシャクヤクにぴったりくる気がしました。

とても穏やかな優しさを感じたのです。


そして私が癒されたのは、

「棘のない薔薇」だからだ!

と気づいたのでした。




薔薇には全く悪気がないのですが、

棘が刺さると痛いです。

けれど薔薇の棘には、

身を守るほどの力はないそうです。


たぶん悪気がなかったと思われる

(そう思いたい)

悪い噂も棘のように痛いです。


そういう痛い棘のない

優しく美しいシャクヤクを贈られた夢は

身に沁みてありがたいものでした。

 

シャクヤク(芍薬)


自分の人生のプロセスの中で

色々な花を深く感じて

それぞれの善さを学んできました。


今回も、シャクヤクの花から

「棘のない優しさ」を学びました。


わたし自身もトゲトゲと

沢山の棘があるのだろうと思います。

それが今回返ってきたのかもしれません。


この機会にシャクヤクの花のように

棘のない優しさを身につけていきたい

そんな風に感じました。

また、そういう方向に進めるだろうという

良い予感を感じる夢でした。


何度も失敗するかもしれないし、

何年かかるかわかりませんが、

とにかく方向性をいただいたのだと思います。


そういう気づきが得られたということで、

痛い経験でしたが感謝したいと思うことができました。



そして最初からずっと、

「そんな事を言う人じゃない」と

噂を訂正して回ってくれた方の存在は、

まるでシャクヤクの花のように

美しく優しかったです。

心から感謝いたします。




【夢に関するブログ】


白い猿と不思議な夢たち







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●変化の波と身体

●変化の波と身体
 
変化の波をはっきり意識するようになったのは、
1994年ごろからだと思います。
今から思えば、もっと前にも似たような感覚をもった覚えがあるのですが、はっきりと何かが変化したと感じたのはそれが初めてです。
 
それ以降、何度も感じるようになった変化の波。
私の場合は、皮膚感覚が最初に捕らえます。
全身の皮膚がピリピリとして、痺れたような感じになるのです。
 
このような皮膚感覚の他、眠気や疲労感、過去の症状としては胸の痛みや頭痛、微熱、筋肉の痛みなどなど。
 
初めの頃は、それはもう大騒ぎでした。
普段健康体で感覚的にもニュートラル。
少しの変化にも敏感に気づく体質なので、
思い当たる原因のない大きな身体的変化は脅威でした。
 
当時は情報も少なく、あーでもないこーでもないと原因を探ったり、反省したりと無駄なエネルギーを浪費したお陰で疲労感が増すばかり。
毎回七転八倒の苦しみを味わっておりました。
 
なんだか調子が悪いなあ、
どこか身体が悪いのではとか、
あの時のアレが原因で具合悪いのかもとか、
色々と思いめぐらせていたものです。
注)もちろん病気の可能性がある場合は、
検査が必要ですよ~!
 
こういう時って色々ネガティブな思いも
悲観的な思いも浮かびやすいのですが、
それは、ネガティブな思いを手放すタイミング
なのだろうなと思うようになりました。
 
そして毎回の身体的変化の後は、
台風一過のごとく晴れやかな気分になり、
何かが圧倒的に良い変化を遂げている。
確実に視界が良くなっているのです。
 
そのような周期を繰り返すうちに、
身体的に不快な感覚があっても、
「ああ、また大きな変化の波がやってきたのだなあ」
と大らかに受けとめることができるようになりました。
 
何もしなくても数日で通り抜けていく感覚なのだとわかったのは、
昨年くらいからでしょうか。
たぶん「また来た」という気持ちの慣れと色々な情報を得たことで
心配することはないとわかったことが安心感につながったように思います。
 
今は、調べればさまざまな情報があり、
それほど苦労することもないかと思いますが、
落ち込んだり、自他を責めたりして、
エネルギーを浪費することなく、
大らかな気持ちで変化の波を受けとめるための、
小さな一助となりますよう、
経験談を書かせていただきました。
 
何よりも変化の波を肯定的に受けとめ、
大らかな優しい気持ちで過ごすことが大切ではないかと思います。
そうすれば、海の波のように自然に心身霊のエネルギーを
洗い流してくれるように思うのです。
 
色々な方のサイトやブログから役立つ情報を掲載しますが、
全部読む必要も理解する必要もないと思います。
役に立ちそうなものだけ、ピックアップしてください。
各タイトルは参照ページにリンクされています。
 

 

●スザンヌ・リー 2013年9月24日 アルクトゥルスからのメッセージ-多次元マインドの初めの着地

今は銀河の中心から高次の光が皆さんの惑星へと到来しており、その光が皆さんの身体に常に流れ込んでいます。全ての恐怖ベースのエネルギーフィールドにとって、光のこの共鳴はきわめて不快です。これらのエネルギーは皆さんの意識の表面まで洗い流され浮き上がってきます。その時、皆さんの身体の中に入ってきた時と同じ感情を、身体から出てゆく時も感じることになります。

ですから、こう自分に言い聞かせるのです。「私はこの感情を抱いているわけではない。これは感情をリリースしているのだ。」と。高次の光が恐怖ベースのファイルのメモリーを消去しているのだと知っていれば、その時の状況を思い出したり、消去中に飲みこまれる必要はありません。ただ無条件の愛を呼び込み、消去をサポートしてもらい、高次の光で自分を包みこむよう頼めばいいのです。

  

●肉体を愛してともに次元上昇する 

(『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著

ナチュラルスピリットより抜粋)

あなたの振動が変わり始めると、肉体はかつてない偏りを経験することもあるでしょう。そしてほとんどの人は、自らの振動が変わっていくそのさまざまな段階にあるのです。

肉体は不慣れな新しいエネルギーに触れるたびに、不安を感じて嫌がるのです。肉体に新しいエネルギーや新たな振動を入れようとするたびに、肉体とあなたは不安に陥る傾向にあり、それはすべてにおいてもそうです。

肉の身体と化している体を、本来の源の霊にまで上昇させるには、あなたと肉体が完全に調律されることが必要であり、それによって肉体はきちんと機能し、あなたの言う通りに動いてくれるようになります。

 

●大天使メタトロン2013年1月21日···次元上升と人間の肉体の変化

人間の体はスピリチュアルな容量の増加による下降に対応する傾向があります。体重増加が一旦始まった場合の、増加を止める唯一の効果的な方法は、運動です。重量挙げ、自転車こぎ、ランニング、水泳などの激しい運動です。この運動は、筋肉量の増加を引き起こすだけの十分なものでなければなりません。筋肉量の増加は、神経系を保護します。なぜなら、スピリットが降下した時に入来するエネルギーは神経系が慣れているエネルギーよりもはるかに強いからです。脂肪組織は神経系を保護できず、筋肉だけが保護するので、神経系の過剰負担を和らげます。

 

●ヒラリオン 2013年9月29日ー10月5日

あなた方の多くは今、トンネルの終わりの光が見えるのを感じ始めています。過去数年間の自分の浄化時期で経験してきた全ては、完成に来ています。現在重要なのは、自分のより高い振動数を毎日のように維持し続けることです。これが前途をより容易にし、より優雅さと安楽で満たします。エクスタシー(歓喜)が自分の新しい振動数であることにあなた方はゆっくりと気付いてきており、喜びの状態を体験する瞬間がますます頻繁になっています。この状態があなた方の本来の在り方なので、喜んでそれを自分の人生に迎え入れてください。

 

●ゼロポイント~体の変化 by プレアデス・ハイカウンシル

心全体が温かさに包まれるようにしてこの新しいエネルギーを十分に取り入れてください。眠くなる人もいれば、瞑想をしたくなる人もいたり、一日中楽しい気分でいられる人もいるでしょう。落ち着いて創造主の光の中でこのエネルギーに浸り、楽しんでください。このエネルギーを通す時は、愛や光、平和、幸せを思い、望むことが人生に現れると考え、もう終わりにしたいこと、役に立たないものを手放してエネルギーを引き入れてください。

 

■変異における身体的症状

『ライトボディの目覚め』
大天使アリエル&タシラ・タチ-レン(著)
アライア・ズィオンドラ(序)脇坂りん(訳)
株式会社ナチュラルスピリット(発行所)
 

変化の波を肯定的に受けとめ、大らかな優しい気持ちで過ごすことができますように!

最後まで読んでくださってありがとうございます。

愛と光と感謝をこめて。

 

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●出生直前の胎内記憶

出生直前の胎内記憶

 

映画「うまれる」の池川 明先生より胎内記憶に関する調査協力のお願いがあったという内容がFacebookでシェアされていました。下記のような内容です。

 

胎内記憶に接した方にお願いです。

今胎内記憶を妊娠前、もしくは妊娠中に知った方、胎内記憶を知らずに出産・育児をしたが途中で知った方などが、知る前と知った後でどのように考えや行動が変わったか調べています。特にアンケートは用意して居らず、記述だけで結構です。もしご自身やクライアントさんにそのような方の事例があれば、ぜひ教えていただきたいのですが。お知り合いの方にもぜひお声かけいただき、調査にご協力いただければ幸いです。

 

胎内記憶の再体験とその後のよい影響について、私は下記の内容を池川先生に送りました。せっかく書いたので誰かの役に立つかもしれないと、ブログでも紹介しておくことにしました。

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◆胎内記憶に接した時期

 

私自身の胎内記憶に接したのは、妊娠する直前です。トランスパーソナル学会の ホロトロピック・ブレスワークに参加した際、出生直前の胎内記憶を再体験しました。翌年に長女を妊娠し、出産しました。

 

◆私の出生時に関するエピソード

 

両親から聴かされていた私の出生時エピソードは、母が2回流産した後、初めての出産であったこと。破水したにも関わらず母が微弱陣痛で産む力がなかったこと。私はへその緒が首に巻きついた状態で逆子だったこと。 胎児が危険な状態なので、陣痛促進剤を打つか、帝王切開に切り替えるか決断する必要があったが、医師が決断できず待ち続けていたこと。 結局、胎児の私が自力で出てきたという話。

 

◆出生直前の胎内記憶

 

ワークショップでは、胎内が狭く苦しく感じ、一刻も早くここから出たいという焦りの気持ちが強かったです。「このままでは死んでしまう」という 切羽詰った危機感を感じました。トレーナーの2人が丸まった私の周囲を囲み、 全身で圧力を掛けてくれるのですが、「圧力が全く足りないので動けない」という無力感。どれだけ頑張っても出られないという焦りと危機感。実際の私は自力で足から蹴り出てきたそうですが、このワークショップの中では、生まれることをあきらめる体験をしました。 頑張るのをやめ、心静かに気が遠くなるような体験をしました。

 

◆胎内記憶の前後でどう変化したか

 

胎内記憶を再体験する前の私は、「いつも全身全霊で頑張らなければ死んでしまう」 という危機感を持って生きていました。そして「自力で頑張らなければ誰も助けてくれない」と心から信じて生きていました。 何かの締め切り前や、成果を求められる時は特に、「失敗すれば死ぬかもしれない」という恐怖を感じていました。けれど、この体験によって「死にそうになったのは過去のことなのだ」と納得できたため、ようやく肩の力を抜いて生きることができるようになりました。 「頑張らなくても死なない」というのは驚きでした。そして周囲の人に助けてもらえる、協力してもらえる という実感も出てきました。出生前の胎内記憶を繰り返すパターンを手放し、毎回自由に新しく生きられるようになったのです。

 

◆娘達の出産にどう役立ったか

 

長女の出産前には「母がパワー全開にしても大丈夫か」不安でしたがボディーワーカーとエネルギーの流れ全開に。

 

出産当日の早朝は、自宅で1人の時に、陣痛らしい痛みもないまま、あっという間に子宮口が開き、するっと生まれてしまったのです。「自宅で産んでしまった場合」の対処法を読んでいたので、落ち着いて赤ちゃんを呼吸させ、へその緒をつけたまま助産院に。安産過ぎて、1人目にもかかわらず助産院の先生も驚きの速さ。これは、頑張らず完全にリラックスした結果の出来事でした。

 

次女の出産では、やはり陣痛らしい痛みもなく、お腹が張る間隔が短くなったので助産院に到着すると、すぐに破水し、ベッドに上がったら「1、2の3」 2~3回いきんだだけで簡単に生まれました。この時は、主人と長女と親友に見守られての出産。

 

出生時の苦しい体験があったので、妊娠期間中から安産のイメージトレーニングを繰り返し、マタニティヨガやスクワットで身体を鍛え、できるだけ赤ちゃんに苦しい思いをさせず産みたいと 思うようになり、それを実現しました。

 

長女の時は、母の産む力と赤ちゃんの生まれる力の バランスにおいて、母の方が勝ってしまいましたので、長女は状況についていけなかったのでは?と反省しています。次女の時は母の力と赤ちゃんの力のバランスもよく、穏やかに支えられての出産ができたと思っています。

 

長女も次女も生まれる瞬間に大量のアドレナリンが出たのか、最高に幸福な気持ちを味わいました。

 

「お腹の中で赤ちゃんも頑張って生まれようとしている」 それを実感できたことは、それまでの「弱い赤ちゃん」というイメージを覆す、「エネルギーに満ちた生まれ出ようと努力する赤ちゃん」という強いイメージを見いだすキッカケとなりました。

 

だから流産をくりかえしているお母さんには、「自力で生まれようとする強い赤ちゃんを授かるといいね」と声をかけるようにしています。そしてそれは可能です。

 

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誰かのお役に立てば幸いです。よろしくお願いいたします。

全ての出産が幸せな喜びに満ちたものとなりますように!

 


補足ですが、流産を繰り返していた私の母は、私の出産を皮切りに4人の元気な子どもを授かりました!母からは私の最初の武勇伝のように語られています(笑)

 

さらに補足。そういえば、私を妊娠中に母が病院で「死産です」と言われたそうです。心音が停止していたとか。病院の都合で休み明けに手術することになり、それまで安静にしていたのに休み中来客を迎え動いていたら、休み明けに心音が復活していたとか。私は一度死んで蘇っているのですね!どこまでも強い赤ちゃんです(笑)

 

他にも色々な条件にピッタリ合う両親を選んだのだと思っていますが、この出産のエピソードも条件の一つでだったのではないかと思っています。

 

ちなみに、ワークショップの中で生まれるのをあきらめた時の気持ちは、不思議と平安に満ちていて、とても安らかで自由な気持ちでした。悔しいとか、怒りとか憎しみや残念な気持ちは皆無で、ただただ「手放した」という気持ちでとても幸せな天国にいるような感じでした。

 


もし、このブログを読んだ方で、ご自分のあるいはお子様の胎内記憶について調査協力をしたいという方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。よろしくお願いいたします。

 

出産にまつわる色々な思いが全て愛に変わっていきますように!

最後まで読んでくださってありがとうございます。

愛と光と感謝をこめて。

 

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●感情移入と思いやり

感情移入と思いやり

◆魚座の時代と水瓶座の時代

 

何気なく手に取った本に次のような説明が書かれていました。

 

西暦2000年までは、「魚座の時代」でした。この時代は、他人に感情移入し、苦しみを分け合うことが優しさだと考えられていました。しかし、今は水瓶座の時代です。「すべてはただの経験である」という考え方が重要になります。感情移入ではなく、客観的な思いやりを持ってください。

『すべての人が幸せになる「魔法の言葉」』ウィリアム・レーネン/著

 

「感情移入」ではなく「客観的な思いやり」という言葉に、長年の謎が解けたような気がしました。

 

◆感情移入とエンパス体質

 

私は身近な人の痛みを自分の体で感じてしまう、「体共感」の強いエンパス体質です。(参照ブログ『●ほっとする~体共感との関係』)

 

他人の心身の痛みを自分の心身で感じてしまうのです。

 

でも仕事で対面セッションを行なう時にはあらかじめ境界線を設定していますし、身近な人の痛みにも最近は境界線を意識しているので、昔に比べて苦労することはなくなりました。それは「仕事の性質上、境界線を引いて客観的になる必要がある」とか「困っていたけれど対処できるようになった」という感じでした。

 

それでも無意識な状態の時や、無防備な状態の時、思いがけず人の痛みを受け取ってしまうことがよくあります。これは身体の痛みに限らず、感情的な痛みも同様です。

 


◆感情移入は役に立たないので止める

 

そのような不意打ちの場合でも、気づけば自ら感情移入を止めるようにしてきました。「これは私の痛みではない」と気づいて手放すように心がけてきたのです。

 

ですが、例えば身内や親戚、親しい友人の痛みを不意に受け取った時、頭では「手放そう」と思ってもなかなかできないことが多々ありました。それは無意識の中に「苦しみを分け合うことが優しさだ」という思い込みがあったからではないかと思います。

 

けれどこれも、相手と自分の違いを知るにつけ役に立たないと実感するようになりました。

 

たとえば相手と同じ身体の痛みを感じて、普段健康な私が七転八倒の苦しみを感じても、相手はその痛みに慣れていて平気だと知り愕然としたり、

 

感情的な痛みを受け取っても、「これはひどい痛みだ」と私が引きずっている間に、相手は慣れたもので、さっさと手放していたり・・・。

 

実際、私が体共感で受け取ろうが、感情移入で受け取ろうが、相手とは異なる人間なので、役に立たないのです。というか、私自身がひどくエネルギーを消耗してしまい、もったいない使い方だなあと感じるようになりました。

 

そして「体共感」や「感情移入」は役に立たないから止めようと思うようになったのです。

 


◆客観的な思いやり

 

一方で「客観的な思いやり」は、逆の立場で受け取った時に、とても有難く感じます。

 

「これはあなたの問題だから」という一定の距離をおいて、しかも思いやりを示していただけると、自分の問題に集中できるというのでしょうか。問題を解決するための時空間を侵害されず、「そっとしてもらえた」という安心感があります。

 

この「そっとしておく」という態度は、実は私が今生で学びたいテーマで、うちの旦那さんは「そっとしておく」達人です。どうすれば、そのような態度がとれるのか長年質問攻めにしてきたのですが、彼は意識してやってるわけではないので答えられないというばかり。

 

私はエンパス体質のため、長年他人の問題をそっとしておけない「何とかしなければ!」的な生き方で色々と苦労が耐えませんでした。

 

けれど、この本の中で、「感情移入」ではなく「客観的思いやり」とキッパリ表現していただき、「優しさの定義」がスパッと切り替わったため、長年の疑問がす~っと解決したのです。

 

今後は躊躇することなく、「体共感」や「感情移入」を「客観的な思いやり」に切り替えていけるような気がします。有難いことです。

 


客観的な思いやりを持って生きることができるようになると嬉しいですね♪

愛と光と感謝をこめて。

 

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白い猿と不思議な夢たち

ハヌマーンと水辺
ハヌマーンと水辺

文末に2015年11月5日に掲載した下記記事を追加しました。

●天地のバランスと調和

文末に2015年11月4日に掲載した下記記事を追加しました。

●愛と豊かさ

文末に2011年12月23日に掲載した下記ブログを追加しました。

●ヴィシュヌ&ラクシュミ~インドの神様


 

私はよく不思議な夢を見るのですが、昨日見た夢は、日常生活とかけ離れた、全く脈略のない夢でとても印象的でした。

 

白い大きな猿が大河をゆうゆうとクロールで泳いでいます。体は白い大猿なのですが表情は人間的で、クロールしながら私をじっと見ているのです。ドヤ顔で。そして何往復かクロールで泳いだ後、岸に上がると、大きくぐるりんとでんぐり返って私の前に立ち、ニヤッとお茶目なイタズラ顔で笑いました。

 

え~?!どういうこと?目が覚めてからも、インパクトの大きなこの夢が忘れられず、色々と調べてみることに。

 


 

まず夢診断や夢占いで調べてみると、「白い猿」は吉夢らしいです。

「ほとんどのサルの夢は凶夢だが、白ザルだけは吉夢。普通のサルの群れの中の白ザルは、群を抜いた存在であることを示す。」とあります。

 

そして「夢の中で白い猿があなたに何か話しかけた場合は、その内容にあなたを幸運に導くメッセージが込められていると考えられますので、よく思い出してください。」と書かれていました。


よーく思い出しても何も話していなかった白い猿ですが、「何この猿~!」と夢の中で笑ってしまいました。もし何か伝えてくれているとすれば「肩の力を抜いて~笑って~」ということかもしれません。

 


ハヌマーン
ハヌマーン

そして、白い猿の画像を探しているうちに、偶然、白い猿の神様「ハヌマーン」に出会いました(参照1)白い猿がアジアの舞踏劇によく出てくるのは知っていましたが、ハヌマーンという名前は知りませんでした。

 

ハヌマーンは風神ヴァーユの子供らしいです。現代でも人気のキャラで、ウルトラマンや仮面ライダーにも出演しているようです。

 

そして孫悟空のモデルなのですね!孫悟空といえば、子供の頃から「私は孫悟空のように暴れん坊だ」と親近感を感じていた存在です(参照2)。

 


★参照1:ハヌマーン(天竺奇譚~インドの夜風に吹かれましょう)

『猿のリーダー。ラーマ様の忠実なる部下。戦いの神。インドの叙事詩「ラーマーヤナ」では大活躍。このお話は、日本の「桃太郎」の原型とも言われてる面白さで、ハヌマーンは、 ラーマ王子様と一緒にランカー島の悪魔を退治。 ハヌマーンは、 西遊記の孫悟空のモデルとしても有名。もしもハヌマーン様がいなかったら、 「ドラゴンボール」もスーパーサイヤ人も生まれなかった。』

 

★参照2:孫悟空に関するブログ『毎日光を生きる、光を走る!』

愛されてる孫悟空

慈愛と静けさ~孫悟空の心の憧れ~十不善業を捨てる

慈愛と静寂について


ハヌマーンと水辺
ハヌマーンと水辺

 

夢の中で感じた白い大猿の様子は、身体を伴った内側からのパワーに満ちているのだけれど、慈愛と静寂に満ちていて、なおかつユーモラスでした。

 

小さい頃の孫悟空のイメージはもっと暴れん坊で手が付けられないところがあり、イタズラも度が過ぎているし、「愛嬌はあるけど、どうしようもない感じ」という自分の子供時代を重ねたような印象でした。

 

だからきっとこの白い大猿の夢は、「新しいパワーのイメージ」を伝えてくれているのかもしれないと思いました。また、私の中で「孫悟空」と「慈愛と静寂」を統合するためのプロセスなのかもしれないなと感じたのです。

 


 

20代後半に心身を壊して、色々と学んだりワークショップを梯子していた頃、アーノルド・ミンデルのワークショップに参加したことがあります。彼は夢や身体症状といった「プロセス」を作り出している根源を「ドリームボディ」と呼んでいました。

 

また、「ドリームボディ」ワークショップ(吉祥寺BPTC)のお手伝いをしたこともあり、その中では夢の中の体感を思い出すという方法で、夢にアプローチしていました。

 

夢の取り扱いには色々な方法があると思いますが、私にはこの「夢の中の体感を思い出す」方法がとても合っていて、今でも夢を実生活に役立てるために、この方法を使っています。

 


「夢の中の体感を思い出す」方法で、これまで役に立ってきた数々の不思議な夢たちが深く記憶に残っています。

 

シャクヤクの夢~棘のない薔薇:シャクヤクは「棘のない薔薇」聖母マリアの象徴だそうです。美しい大輪のシャクヤクが届いた夢に深く癒されました。

観音菩薩から「観愛」という文字をいただく夢

アヴァローキテーシュヴァラからマクワウリ5個が宅急便で届く夢

聖母マリアから「知ってることを伝えなさい」と言われる夢

亡くなった義母から「愛のエネルギー」を受け取る夢

長く暗いどん底の時期に出口になったエメラルドの光の夢

ごく普通の日常的な奇跡的だと感じた夢

●富士山に登る夢/富士山を眺める夢

●白い象、白い虎、白い犬の夢、彩雲、虹

●小6の時中学受験前に見た白い大蛇の夢(中学受験合格)

 

その他にも半生を支え励ましてくれた数多くの不思議な夢があります。

 

これらの夢に共通しているのは、その夢の中の体感を思い出すことで、新しい感覚を体験できたということ。それまで感じられなかった「大丈夫な感じ」や「上手くいく感じ」だけでなく、「慈愛や慈悲」とか「海のように大きな愛」とか「深い希望」とか「人生の目的な達成できそうな感じ」とか。

 

そういう新しい感覚を、不思議な夢が教えてくれたような気がします。そして夢で体感をつかんだ後は、日常生活の中でその新しい感覚を生かせるようになるのです。

 

私の場合、この白い大猿の「身体を伴った内側からのパワーに満ちているのだけれど、慈愛と静寂に満ちていて、なおかつユーモラス」な感覚を、今後の日常生活で生かしていけると嬉しいなと思いました。

 

 

新しい感覚をもたらしてくれる不思議な夢たちに感謝です。夢のメッセージを日常生活に生かすことができますように。

 


関連記事&ブログ

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2015年11月5日に掲載した下記記事を紹介します。

●天地のバランスと調和

天地のバランスと調和に関するハヌマーンからのメッセージ。


愛と豊かさ

2015年11月4日に掲載した下記記事を紹介します。

●愛と豊かさ

愛と豊かさに関するラクシュミからのメッセージ。


ヴィシュヌ&ラクシュミ〜インドの神様

2011年12月23日に掲載した下記ブログを紹介します。

●ヴィシュヌ&ラクシュミ~インドの神様

ヴィシュヌ&ラクシュミは夫婦の神様です。



 

愛と光と感謝をこめて。

 

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あなたに会えてわたしになれた~一期一会

あなたに会えてわたしになれた
あなたに会えてわたしになれた

 

お早うございます。今日は1月30日。

 

日めくりカレンダーの30日は、「あなたに会えてわたしになれた」

 

『あなたに会えて』詩・絵 晴佐久昌英 発行所 女子パウロ会

 

◆あなたに会えてわたしになれた

今朝、この日めくりカレンダーをめくった時、「あなたに会えてわたしになれた」という言葉が、これまでのパートナー関係イメージとは全く違う印象で、強い印象と共に目に飛び込んできました。

 

「すべての出会いが『あなたに会えてわたしになれた』ではないか!」というような深い印象が突然感じられたのです。するとこれまで出会ってきた色々な人々が次々と思い出され、朝から深い感謝に包まれました。

 

それは心から感謝してきた出会いだけではありませんでした。本当に腹の立つ出会いや、嫌で嫌でしょうがない出会いや、思いがけない永遠の別れも含めて、「あなたに会えてわたしになれた」のだとわかったのです。

 


◆一期一会

『一期一会』と言う言葉があります。

 

私はこれまでの人生、できるだけ身近な日常生活の中で『一期一会』を意識するようにしてきました。

 

例えば朝、家族を見送る時は必ず「これが最後かもしれない」と思いながら、心を込めて見送ることを心がけてきました。だから夫婦喧嘩も子供を叱る時も、翌日まで持ち越さないようにしてきたのです。

 

「どのタイミングが最後の別れになるかわからない」だから精一杯心をこめよう、と身近な日常生活は意識してきました。

 

でも今朝、「あなたに会えてわたしになれた」が全ての出会いに当てはまると感じた後、全ての出会いは『一期一会』なのだと深く深く実感し、それにもかかわらず「次がある」と無意識に思っていたなあと気づいたのです。

 

つまりどんな関係も、全ての出会いが「わたしになるため」にあり、同時にそれは『一期一会』つまり、その時が最後かもしれないという実感です。

 

沢山の思いがけない最期があり、かけがえのない出会いの日だったのだと思い浮かぶことがあります。

 

全ての出会いに心をこめて、自分にできる精一杯の誠意を保ちたい、静かに『一期一会』を意識したい…そんな風に感じた朝でした。

 

●一期一会(いちごいちえ)【Wikipedia - 一期一会

茶道に由来することわざ。『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう』と言う意味の、千利休の茶道の筆頭の心得である。平たく言えば、これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい、ということである。

 


今日という日を大切に過ごすことができますように。

皆さん、よい1日を♪

 

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