男女の情熱〜本質と扱い方【自己変容の道2】
男女の情熱〜本質と扱い方【自己変容の道2】

男女の情熱〜本質と扱い方

 

「男女の情熱」の本質とその扱い方について『男女のスピリチュアルな旅』より紹介しています。『男女のスピリチュアルな旅』より紹介しています。 

 


以下の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】

『男女のスピリチュアルな旅』

魂を育てる愛のパートナーシップ

ジョン・ウェルウッド/著

島田啓介/訳

日本教文社/出版

 

画像は無料写真素材より作成。見出しは内容に応じて作成。それ以外の追加情報については参照元を個別に記載します。

 



◆男女の情熱とは

 

もともと開かれた存在である私たちは、自分より大きなもの—果てしないいのちの世界—と響き合っており、それとつながりたいと願っている。この、自分のいのちが他のいのちとつながりたいという思い、それが情熱だ。

 


◆情熱による錯覚

 

情熱がふくらむにつれ、思いがあふれて豊かな気持ちになり、ふだんの落ち着きのなさや孤独が薄らぎ、弱まったように感じられてくる。しかし実は、これは新たな錯覚のはじまりともなりうる。なぜなら私たちは、再び手に入れたこの充足感の源は、自分が情熱を向けている恋人のなかにあると思いこんでしまいがちだからだ。こんな勘違いをすると、私たちは自分の心に激しい火花を散らせた相手にしがみつき、離すまいとするようになる。

 


◆如意宝珠はどこに?

 

仏教では、尽きることのないいのちの豊かさを「如意宝珠(にょいほうじゅ・望みをかなえる宝石)と呼ぶ。それは、私たちが必要とするものすべてを与えてくれるからだ。しかし恋に落ちたとき、私たちは自分のいのちそのものではなく、恋した相手の方を自分の夢を実現してくれる「如意宝珠」だとつい考えてしまう。そして、自分のなかに息づくいのちとのつながりを深く感じることのないまま、自分を満たしてくれる何か外側のものに頼ることになるのである。

 


◆情熱に中毒すると

 

情熱を向ける相手のことを自分が手に入れた宝物だと思ってしまうと、無条件の情熱も条件付きの貪欲さに変わってしまう。「もしもあの人が自分のものになってくれさえすれば、人生はどんなに楽しくすばらしいものになるだろう」

けれど、そうやって相手に執着することで心は貧しくなり、ロマンチックな空想に溺れ、妄想に浸るようなありさまになる。そのとき恋は麻薬になり、情熱の相手は恋に狂った中毒患者にとっての注射器のようなものになるのだ。
無条件の情熱には、決まった道筋などありはしない。それは太陽のように自由にエネルギーを放ち続ける。しかし、恋の相手こそがこの強力なエネルギーの源であり、自分にはあの人がいないとだめだと思いこんだとたん、その情熱は妄想をもたらし、目を見えなくさせ、いのちを脅かすほどの力で私たちを飲み込もうとする。 

 


◆情熱の源はどこに?

 

ここで注意したいのは、情熱を与えてくれる「源」は相手の方にあるという考え(これは心を歪め中毒を起こす)と、相手とは自分が情熱を傾ける「対象」なのだという考え(それ自体は害にならない)という考え方の違いである。

 

相手のことをロマンチックに理想化するとき、私たちは無意識に潜む否定的な感情ではなく、自分の中にありながら認識されない、パワー、美しさ、豊かさなどを相手のうえに投影している。

 


◆情熱は道になる

 

結婚生活においても、情熱を軽んじ排除しようとするなら、二人はスピリチュアルな旅を進めるための火花の勢いを弱めてしまうことになる。そうすると二人は、虚しさに陥り、行き詰まってしまうだろう。そしてその息苦しさからなんとか抜け出そうとして焦るようになる。

 

情熱に溺れて抜け出せなくなると、妄想にとりつかれて死にまで至る。かといってそれを頭から否定すれば、天と地、ロマンチックな感情の絆は、歪んだ形で引き裂かれる。情熱に浮かれても、逆にそれを否定しても、「道」へと踏み出すことはできない。

 


◆人間の中の広がり

 

人間の中には、膨大な広がりがある。そこには天と地、火と水、太陽と星々などが持っている、調和と怒りのエネルギーがそのまま反映され、含まれている。だが私たちは、その本の一部を生きているにすぎない。私たちは、条件づけされた自分—あらかじめ知っているふだんからの自分を成立させている、記憶や思いやイメージの寄り集まった孤島—に住んでいるようなものだ。

 

しかしその一方で私たちは、もっと大きく広がった自分、その広さ、強さ、深さを、ふつう自分の姿としては認めていない。その大きな自分こそが本来の自分(自己イメージのように自分が作り上げたものではない)だということを知らないのだ。

 


◆情熱の扱い方

 

情熱がもたらす苦しみを乗り越えるための鍵は、それを克服するエネルギーは自分を超えた「大きな自己」から生まれるのであって、特定の人や物事によって与えられるものではない、という気づきにある。情熱とは本来、「自己」という意識を持たない純粋な感情である。それは、いのちそのものの全体を味わいたい、という強い願いである。

 

ただ一瞬一瞬生じてくるその純粋なエネルギーを味わえば、私たちはとらわれずに軽やかに愛することができるようになるだろう。

 


◆自由に流れる情熱の形

 

男女の関係のなかに、情熱はさまざまな形をとって現れてくる。二人の情熱は、天候や季節のように移ろいながら、ロマンティックに甘く、悲しく、やさしく、激しく、力強く、その時々でさまざまに姿を変えていく。

 

もし二人がお互いの情熱の流れをもっと自由なものにできたら、それは次々と新しい形で現れてくるだろう。愛の交わりにおいてだけでなく、食事のしたくをしているとき、ケンカの最中、お互いの意見や感じ方を伝え合っているときなど、どんなときにでも。そうすれば二人の関係は、あらゆる場面で満たされていくだろう。たとえどんな困難に出会っても、情熱は二人を磁石のように結びつける絆となってくれるに違いない。

 


◆情熱の本質を知り愛し合う

 

二人がこの情熱の本質—力強く輝き、自由に流れ、大きないのちと結びつこうとする、パワフルに輝くハートのエネルギー—を知ることができれば、自分たちの感情を押さえつけたり、激しい緊張を保ち続ける必要はなくなる。

 

そうすれば、愛はいつでも新鮮さを失うことなく、この世への愛着を持ちながらも、二人は何度も何度も愛し合うことができるようになるのである。

 


以上の紹介内容は、すべて下記より引用しています。

【参考】

『男女のスピリチュアルな旅』

魂を育てる愛のパートナーシップ

ジョン・ウェルウッド/著

島田啓介/訳

日本教文社/出版

 

画像は無料写真素材より作成。見出しは内容に応じて作成。それ以外の追加情報については参照元を個別に記載します。

 



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