●死んでもいいという父の言葉

●死んでもいいという父の言葉【ミニブログ】

今日のテーマは

『死んでもいいという父の言葉』です。

アメーバブログ『死んでもいいという父の言葉』

に掲載した内容です。

 

2021年6月11日追記あり

父のその後と「死んでも+祈り」

 

【目次】

◆小学生の頃、父に言われた言葉

◆反抗期の私と主夫の父

◆本当に死にそうになった日

◆反抗期から自分の責任へ

◆父の病いを見守り応援する

◆魂のチャレンジャーと見守る人へ

◆父のその後と「死んでも+祈り」

 


小学生の頃、父に言われた言葉

 

私が小学校高学年になった頃、

父から言われた言葉。

「死んでもいいと思うことにした」

 

この言葉は当時の私にとって

衝撃的な言葉でしたが、

子育てをするようになり

益々心に沁みる言葉となりました。

 

これは、やんちゃで冒険好きだった私が

一人自転車で遠出をするようになって

言われた言葉です。

  


反抗期の私と主夫の父

 

キモノの図案家をしながら

主夫もしていた父は、

幼稚園の先生をしていた母親が

預かり知らぬ時に、

私の反抗期の始まりを

一人で受け止めてくれていました。

 

当時の私は、とにかく

「チャレンジしてみたい」

「一人でやってみたい」

「いろんな冒険がしたい」と

「危ないこと」の限界に

チャレンジするのが大好きでした。

 

自転車で遠い街まで

一人出かけることもしばしばで、

幼い頃に自転車の乗り方を教えてくれた

父は気が気ではなかったことでしょう。

 

最初は色々な注意を伝え、

「気をつけて」

を繰り返していたのですが、

ある日最後に出てきた言葉が、

 

「死んでもいいと思うことにした」

という父なりに腹をくくった

言葉だったのです。

 


本当に死にそうになった日

 

「死んでもいいと思うことにした」

と言われた日、

私は自転車で

本当に死にそうになりました。

 

今でもよく覚えているのですが

T字路の坂道をブレーキもかけずに

猛スピードで降りて、

突き当たりの道を横切ったトラックと

衝突しそうになったのです。

 

トラックの運転手が急停車してくれて、

私も寸前で急ブレーキをかけ、

トラックの若い運転手に怒鳴られ

助かったという出来事でした。

 

この時、

「死んでもいいと思うことにした」

という父の言葉が、

本当にリアルに心に響き渡ったのです。

 

「お父さんは私に死んでほしくないんだ」

その時、突然、父の思いが

実感として伝わり泣きそうになりました。

 


反抗期から自分の責任へ

 

その日から、私は、

自分の命を守ることに真剣になりました。

 

「死んでもいいと思うことにした」

という父の言葉の決断の重みを実感し、

 

「反抗期」から「自分の責任」に

切り替わった記念日となりました。

 

反抗期の入り口にいた

小学生の私にとって、

父の言葉は大きな愛情と

大人の決断を感じる

重要なキーワードとなったのです。

 

その後も父は、

私の様々なチャレンジを見守り

応援してくれました。

 

重要なタイミングでは

有難いアドバイスや忠告もありましたが、

それ以外は失敗も

黙って見守っていてくれたことが

本当にありがたかったです。

 

だから、長女の反抗期の時も、

反抗期の入り口にいる

今の次女に対しても、

私はそのような

決意をもって接しています。

 

今日、このブログを書こうと思ったのも、

次女が夕方一人自転車で

遠出しているからだったりします。

 


父の病いを見守り応援する

 

さらに現在、

父が難しい病気で

入院しているのですが、

父はお医者様と相談しながら、

自分の力で乗り越えようと

頑張っています。

 

「何も口出ししないで欲しい。

自分で乗り越えたい」

と父の気持ちが伝わってきます。

 

本当は色々なことを伝えたいけれど、

父が私の自由と

チャレンジを認めてくれたように、

私も父の自由と

チャレンジを認め、

 

黙って見守り

応援していたいと思っています。

 

「死んでもいいと思うことにした」

 

これは決して「死んでもいい」

と思っているわけではありません。

「死んでしまったらどうしよう」という

自分の「恐れ」を手放すための言葉です。

 


魂のチャレンジャーと見守る人へ

 

父が私の魂のチャレンジを見守り

応援してくれていたように、

 

私も父の魂のチャレンジを見守り

応援したいと思っています。

 

魂のチャレンジャーである

全ての子どもと大人たちへ

 

魂のチャレンジャーを見守り

応援している全ての人へ

 

父のその後と「死んでも+祈り」

 

2021年6月11日の追記です。

 

父は病気で死にかけていたのですが、

無事に乗り越え、療養とリハビリ後、

 

自宅で食事管理・ウォーキング

スクワットなどを習慣にして

85歳の現在、益々元気に暮らしてます。

 

母と毎日7キロも歩いて

「ちょっと歩きすぎかなあ」と

2キロくらいに減らすなど、

あいかわらずチャレンジャーです。

 

ところで、父の衝撃的な言葉

「死んでもいいと思うことにした」

 

これは今から思えば、

恐れを手放すためのおまじないで、

その後は、

祈りに切り替えていたようです。

 

つまり父にとって子離れは、

「死んでもいい」+「祈り」

のセットメニューでした。

 

今でも遠く離れた実家から、

「祈ってるから」

と電話してくれます。

 

子どもが何歳になっても、

親はいつまでも親なのです。

 

本当にありがたい話です。

 

そして娘の私も、

父の死を覚悟して、

自分の恐れを手放した直後から、

ずっと祈り続けてました。

 

親子で祈り合う関係

幸せなことだと思います。

 

ちなみに私は、

家族・実家・友人知人

お客様・あらゆる人々

生きとし生けるもの

一度に祈ることができる、

 

慈悲の瞑想

を起き抜けの日課にしています。

 

短いけれど、

沢山の人のために祈れる

最小時間最大効率の祈りで

オススメです。

 

魂のチャレンジャーにも

祈りで応援していきたいです。

 

 

愛と光と感謝をこめて

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